オーストラリア旅行雑感 2012
今回のオーストラリア旅行で感じたことをつらつらと書いてみる。オーストラリアには25-49歳の現在までに6回、それぞれ5日間から3か月間の滞在をしている。これらの滞在での為替レートは約65-95円と30円程度の幅があった。厳密には定点観測にはならず、比較結果の正確さは怪しいが、色々と感じたことがある。
・日本の国力の衰え
1980年代後半のシドニーには駐在員、ワーホリ留学生、出張サラリーマン、旅行者などの日本人が沢山いた。今回のシドニーでは殆ど日本人をみることができなかった。ノース・シドニーには相変わらず日本企業のネオンはあるものの日本人がいない印象をもった。現在の為替レートでは豪ドルは米ドルよりも高い。街中でミネラルウォーター1本を買うと250円以上の値段を払わなくてはいけない。ちょっと前のEU諸国のようだ。ブランド商品も約10%の消費税を支払うと日本と同程度か、それ以上に高くなってしまう。(旅行者は帰国時に税金の還付を受けられる)
オーストラリアが成長し、日本人にとってもはや「おいしくない旅行先」になってしまったのか、「失われた20年」によって日本の国力が衰え、日本人にとっての「おいしい旅行先」を次々と失っているのか、ここで断じることはできないが、今後、研究しなくてはいけない。
・新興国の進出
今回、シドニー市内では、ロシア語、スペイン語、中国語を目や耳にすることが多かった。鉱山関係のビジネスでロシアからビジネスマンが来たり、アジア諸国からの移民がいたり、というのは今までのオーストラリアでもあったが、その量が増えている印象がした。25年前、飲食店の裏方やホテルのメイドなどの低賃金サービス業にはアボリジニが就いていることが多かったが、その職は中国人に奪われたような印象も持った。
アボリジニ向けの優遇政策が実施されているが、移民国家としてのオーストラリアにおける新興国の進出と原住民のアボリジニの関係は国内政策として重要になっている。しかし、白豪主義から脱却したオーストラリアでは低賃金で働く白人も多く、アボリジニ優遇政策は逆差別を生むこともある。(逆差別はインドの不可触民やアメリカの先住民への優遇政策でも国内問題になっている)
先進国のオーストラリアにとっては新興国の進出は痛しかゆしなのだろう。この辺りもいずれ研究してみたい。
・グローバリゼーション
世界がひとつになるという現象がグローバリゼーションだが、今回の旅行で日本のグローバリゼーションを肌で感じることができた。25年前、オーストラリアからのお土産リストには、牛肉やロブスターがあり、免税店で日本の食糧検疫をパスできる証明書付きの牛肉などを購入している日本人は一杯いたが、今では誰もいない。10年前、TimTamというオーストラリア産チョコレート・コーティング・ビスケットを日本へのお土産として買いあさっていた自分がいたが、今やTimTamは日本のスーパーで買える。
今回ほど、オーストラリア土産に困ったことはない。自分の趣味に合うようなものはすべて日本で買え、しかも、日本の方が、値段が安いのだ。日本の消費税5%の恩恵は、日本にいると判らないが、海外に出ると実感できる。このように貿易が自由に活発に行われ、グローバリゼーションが進んだことで、日本にいながらにして世界中のものを安く購入することができるのは、円高と商社とデフレのおかげだ。しかし、日本の国力が衰え、工業品の輸出で外貨が稼げなくなれば、こういった品物の輸入代金が支払えなくなり、デフレがハイパー・インフレに変わる日が来るのではないか、というシナリオがない訳ではない。
以上のように観光地としてのオーストラリアは、コアラやカンガルーなどの動物好きな人(=私)が「行って楽しむ国」であり、お土産目的の海外旅行先ではなくなっている。移民先としてのオーストラリアは魅力が多い。オーストラリアの移民制度は高度人材が有利になるように設計されている。しかし、どの先進国からも遠いというハンデがあり、国内産業も大きくない。新興国から頭脳が流出するための条件が良くないので、今後、急激にオーストラリア人気が高まることはないだろう。今回の旅行では、世界各国からの観光客を目にし、特に高齢な白人が多かった。温暖な気候で高齢者に優しい国で珍しい動植物がいる国として世界中の人が「一度は訪れたい国」で、農業や鉱業の産品を輸出する国としてほどほどの成長を続けるのがオーストラリアなのだろう。
グローバリゼーションが進み、世界中のどこに行っても同じような生活のできる環境が整ったとき、今の先進国はもはや急激な成長を望むことができず、日本のようにもがき苦しむことでより不況に陥っていくのではないか、と思える。オーストラリアのようにほどほどの成長をしていくことが重要なのかもしれない。
ちなみに今回のオーストラリア旅行での最大の収穫は、中2になる娘に英語を読み書き話せる重要性を感じさせられたことになる。今でも英語好きの娘だが、今後、生きていくためには英語でコミュニケーションができなければいけないと強く感じたことだろう。


