新卒一括採用廃止論に惑わされるな!

東大の脳科学者の先生や学生などによる企業の新卒一括採用批判がソーシャル・メディアをにぎわしている。新卒一括採用は日本経済が停滞している理由 の一つであり、即刻、廃止しないと、グローバル社会で生き残れないよ、という風潮が生まれつつあるが、果たして、その通りなのであろうか?

確 かにトップクラスの学生にとって、新卒一括で採用され、「その他大勢」と一緒に3-6か月の新入社員研修を受けるのは苦痛である。終身雇用が保障されない 時代に企業風土や文化を身に付ける、ということに意味を見出すのは難しいかもしれない。彼らが新卒一括採用を廃止に追い込みたい気持ちはよく分かる。新卒 一括採用が無い方が自分達には都合がいい。東大の9月入学だって新卒一括採用がネックになるので排除したいという思惑もわかる。

GMARCH以下の学生はどうなるのか?

「日 本以外の先進国では新卒一括採用の風習はなく…」というのは良く聞くが、日本以外の国で日本の新卒学生ほど恵まれた就活はない。ドイツやフランスでは、既 卒者との競争でポジションを獲得しなくてはならず、苦労して獲得したポジションも期限付きであることが多い。アメリカには日本のような新卒一括採用はない が、インターン制度が充実しており、実質上、インターンが就活であることが多い。私のいたOracle Corporationで新卒採用されたアメリカ人数名に話を聞いたが、皆、学生時代にOracleのインターンを経験していた。新卒一括採用廃止論者で これらを指摘する者は少ない。

アメリカの大手企業の人事Webサイトには新卒採用のページがある企業が多いことも指摘しておこう。 Salesforce.com社は、クラウド・アプリケーションの大手であるが、2012年の新卒向けの採用ページが開設されている。 (URL: http://blogs.salesforce.com/community/2012/01/dreamjob-start-your-career-at-salesforce.html ) 形式は違うもののアメリカにも日本の新卒一括採用に似た採用形式が存在しており、それがきちんと機能していることも理解しなくてはいけない。

日 本でも新卒一括採用という風習の無い大学教員の就活は悲惨だ。大学院を出てすぐに正規教員となることは難しく、3-10年の非常勤講師生活を経て、期限付 き助教になり、40歳前後でやっとテニュアという終身雇用権利を手に入れる。しかも、私のように企業出身者が彼らのテニュアを奪うことも少なくない。新卒 一括採用の廃止によって、すべての職業がこうなっても良いとは思えない。

今、グローバル社会で元気の良い新興国の事情はどうなんだろうか?

イ ンドといえば、IITなどからグローバルレベルの人材が輩出され、アメリカやヨーロッパで活躍しているイメージが強いので、新卒一括採用なんてない、と思 われているかもしれないが、内情は違う。IITなど世界レベルの大学がある一方で、それ以外の高等教育機関の遅れはひどい。Mark A. Dutz編[2008]『転換を迫られるインドのイノベーション戦略』世界銀行によれば、多くのインドの高等教育では、「市場に関連した知識創造のスキル の移転が不十分」である。(22ページ) 世界銀行は、インドの人材育成にかんして、民間企業、高等教育機関の双方で多くの改善を求めている。

イ ンドの大手企業は知識不足の学生ではなく熟練技術者を新卒採用するために大学に一種の寄付講座を開設している。ジテンドラ・シン他[2011]『インド ウェイ 飛躍の経営』英治出版によれば、インフォシスは、インド国内300校以上の工科大学との間に「キャンパス・コネクト」という協力体制を結び、イン フォシスによってある程度教育された教員がインフォシスが創造したカリキュラムを教える体制を整えている。

これは日本企業における新卒教育のアウトソーシングであり、入社前に自社の目的に沿った訓練を施した学生を採用することで即戦力社員としている。新卒一括採用してから訓練するよりも訓練の終わった者の中から優秀な新卒学生を一括採用しているのである。

今の日本社会で新卒一括採用だけを辞めてしまったらどうなるのであろうか?

イ ンターン制度に消極的な企業が多い日本では、企業から正当な評価をうけずに就職できない新卒学生が増え、既卒と同一に扱われることで労働者の供給数が増 え、新卒専用だったポジションが新卒・既卒で応募可能なポジションとなり、供給過多となる。企業側から見れば、経験のない新卒を正社員として雇うリスクを 冒すことはせずに経験者の採用を優先し、経験なしの場合は期限付き採用で様子をみてから正社員にするという行動に出ることは明白である。

今 まで述べたことだけでも、新卒一括採用を廃止することが、トップクラスを除く多くの学生にとって不利になることはお分かり頂けるだろう。「新卒一括採用で の就活に失敗した者はどうなるんだ」という声が聞こえてくるが、失敗した者を救うために新卒一括採用を廃止せよ、というのは本末転倒であり、弱者に合わせ て失敗したゆとり教育の思想と共通するものがある。新卒一括採用失敗者のセーフティネットは既卒者の失業対策を活用すればよい。

大学教育の見直しは必要

そ もそも新卒一括採用での新入社員研修は、新卒学生が即戦力となっていないからであり、これを是正したいのなら、インドのように大学教育の中に民間企業の要 望を取り入れなくてはいけない。これは多くの大学にとって苦痛であり、実施されるまでにはクリアしなければならない壁がいくつもあると考えられる。大学を 就職予備校とすることの是非は考えなくてはいけない。

企業がインターン制を定着させ、大学が多くの民間企業のカリキュラムを実施することができるようになって、即戦力の新卒が生まれることで、初めて新卒一括採用の是非が議論できるのではないだろうか。

今、多くの学生にとって不利になる新卒一括採用廃止論に惑わされてはいけない。

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大妻女子大学人間関係学部社会学専攻准教授ですが、ここでの発言は、カクテルパーティでの会話に近い、軽いものです。数年前まで外資系ビジネスマンでしたので純粋な大学教員ほどの見識はありません。40代既婚子持ちおやじの戯言です。元TIerで元オラでもあります。

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